コラム

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年代や能力に応じ、本格的に学べる英語教室。能登の英語教育環境向上をめざして。

飯田 麻由佳(いいだ まゆか)さん

子どもの頃から英語が得意。海外留学や高い語学力を武器にした数々の勤務経験を経て、2017年に能登町に移住。語学教育の現場で得た経験も活かし、生徒の能力に応じて英語力を伸ばせる英語教室を開講。自分の学生時代には能登に本格的な英語学習の場が無かったという思いをバネに、ふるさとの英語教育環境レベルアップ実現もめざして前進中。


3歳からの英語好き。独学でスタート

能登町の宇出津(うしつ)生まれですが、住んでいたのは中学の頃まで。15歳で金沢の高校に進学して以降は、今年までの17年間ずっと能登町を離れていました。
英語は3~4歳の頃から好きでした。姉の影響で洋楽やテレビを聞いたりして、家の中で英語を耳にする機会があったんです。小学校5年生の頃には、「留学したい」と決意が固まり、独学で勉強していました。母の勧めで自宅学習の教材や英会話ビデオなどを使い、「I am なになに」など、簡単な英語を学び始めていました。
当時、能登町近辺に英語教室はなかったと思います。能登で生まれてきちんとした英語を勉強するのはとても大変なことだったんです。

英語の成績は学年トップ、海外進学を決意

本格的に英語学習を始めたのは中学1年生の頃。英語の成績はほぼ学年トップで、中学3年の時の模試では全国100番以内に入り、英語が得意なんだと自覚し始めました。先生からも「英語ができる」と言ってもらえ、英語が苦手なクラスメイトに教える感じになっていました。高校は、金沢にある辰巳丘高校に当時あった外国語コースに進学し、ここでも10クラスの中で英語は学年トップ。やっぱり「英語が得意だな、好きだな」と思っていました。でも、最初は海外の大学に進学する選択肢は持っていなかったんです。
ところが、母がアメリカの大学進学のパンフレットを持ってきました。留学はいずれしたいと思っていたので興味を持ち、日本の大学に入ってそこから留学をするよりも、直接アメリカの大学に進学して学位をとろうと決意しました。

初めてのネイティブな大学授業に必死

高校卒業後すぐに、カリフォルニア州サンフランシスコ近郊にある大学に進学しました。最初は授業のレベルの高さに戸惑いました。入学にはTOEFLが必要で、私はその大学の入学基準である500点ぎりぎりで入学したんです。すると、リスニングもリーディングもスピード感がすごくて、先生の板書を写すだけで授業が終わっていくようなスピード。課題をこなす、追いつくのがやっとでした。
最初のミニテストで思うような成績がとれず、先生に個別で呼ばれたんです。「言葉の問題で、授業に付いていけてないんじゃないの?」と聞かれ、ゆっくり読めば理解はできるけど、ネイティブの中で受ける教育に付いていけていない現実をお伝えしました。すると、「言葉だけの理由で落ちてほしくない。個別で指導するから」と言ってくださり、最初の1学期は先生のお世話になりました。
家でもすごく勉強しました。英語を学ぶのではなく、英語で学問を勉強していくので、やっぱり高度なことですよね。3~4か月経つとかなりこなせるようになり、1年ほど継続すると映画やニュースが普通に聞こえるようになってきたんです。その時に、英語が自分の中で当たり前になって、英語力が伸びたなと感じました。

友人にも恵まれた留学生活、治安の違いも実感

初の海外生活でしたから、入学して最初の1カ月はホームステイをさせてもらいました。その後は自分でアパートを借り、卒業するまで一人暮らしをしました。
治安の面では留学開始当初はそれほど事件を耳にしないので、「聞いているよりも安全なんじゃないかな?」って思っちゃうんですよね。でもしばらくすると、実際の銃の事件、殺人事件、強盗など危険な状況も見えてきて、「やっぱりアメリカは危ない」と思いました。日本はすごく平和だなと思いました。夜は一人で出歩かないよう気をつけていましたね。
大学では、現地の友だちや、海外からの留学生、ヨーロッパやアジアから来た友だちができました。日本人にもたまに会うのですが、みんなレベルが高いんです。そういった環境で一緒に勉強できたことは、すごく刺激になりました。自分の財産になる、いい経験をしたなと思っています。

語学力を活かし、専門的な翻訳や貿易分野で勤務

大学卒業後は帰国し、首都圏や石川県内の金沢でも働きました。帰国後すぐは、都内の研究所に勤め、環境省の委託事業で翻訳業務に携わりました。CO2削減に関する各国のマニフェストなどの翻訳でした。こうした研究資料など専門的な翻訳は、予めその背景の知識を入れていないとできません。勉強しましたね。研究所と環境省の合同会議に参加させてもらうこともありました。その後は貿易関係の会社です。金沢ではベトナムに支社を持つ企業に就職し、ベトナムとのやり取りや、オフィスのサポート、会計業務等をしていました。何かしら語学が活かせる仕事をやってきましたね。
7年ほど日本での勤務を経て、タイミングやきっかけがありまして、また海外へ出ます。今度はオーストラリアへ行くことにしました。

英語力と実践力を高めるため、二度目の留学へ

この2度目の海外生活が30歳の頃ですね。自分の中で、「英語を頑張りたい、英語を高めたい」と思うと、アメリカの大学を卒業しただけでは納得できないなと思っていました。希望としては今度は違う国の大学に行きたかったのですが、予算的に2度も大学へ行くのは難しく、オーストラリアの専門学校を選びました。
大人になって過去を振り返ると、「留学中にこうしていればよかった」と後悔した部分、自分に足りなかった部分があったんですね。高校卒業したての10~20代には、勢いはありますが自分の目の前しか見えません。若過ぎて右も左も分からない状態だった。一方30代になると、周りが少しずつ見えるようになる。「自分が今何をしたいか」も理解しつつ、経験をもとに自分の得意と向いていないから避けた方がいいことの線引きができるようになります。
だから、最初の留学時にはまだ気付けなかった部分を中心に、あの頃に選べなかったことをしようと思いました。国際経営学を選んだのは、今後ますますグローバル化が進む中で、海外の資格をとりたかったからです。7年間の社会人経験を無駄にしない海外生活にしようと、3年間1度も帰国せず過ごしました。

好成績を買われ、現地の語学学校で働く

そのオーストラリア専門学校では、かなりいい成績を取ることが出来たんですね。すると、学校の傘下にある現地の英語学校で働かないかとお声が掛かり、卒業後に語学学校で勤務することになりました。約半年、インターンとしてマーケティング部の一員になり、現地の外国人向け英語教育に携わりました。生徒は18歳~35歳前後の留学生や社会人の方。大人が対象です。英語ができなくて来ている生徒さんが多いので、受付でのやりとり、手続き、学習面でのサポートもしました。日本人の生徒のサポート業務をしながらオフィス内での業務に携わり、ネイティブの英語環境の中で働かせていただいて、すごく勉強になりました。 その後も、現地で会社を経営する知人の紹介で働かせてもらったりしましたが、ビザの期限を機に帰国しました。先々月の1月末に帰国したばかりです。

海外勤務の就職先を辞退、英語学校開設へ

英語教室は、それを目指してきたというより、選択肢の一つとして準備だけは少しずつ進めていました。実は、次の就職先としてキャノンの海外勤務が決まっていたんです。ところが帰国後に、地元の北國銀行で口座開設のために窓口の女性とお話する機会があり、「英語学校を始めようかと考えているのですが、どう思われますか?」と反応を伺ったところ、拍手をして喜んでくださいました。海外勤務の口は大変いいお話だったのですが、喜んでくれる人が目の前にいたので辞退し、教室準備を進める経緯にいたりました。
自分が理想とする英語教育がありまして、それを提供できる環境が整わないなら自分が納得できないのでやりたくないなと思っていたんです。自分の中でその環境がすべて整った。私一人でやるわけではなく、オーストラリア人の先生が現地からスカイプレッスンで協力してくれる体制も整いました。私自身が何を教えたらいいのか、という部分も固まりました。

能登に本格的な英語学習の拠点を

なぜ能登だったのか。やはり自分の子どもの頃の体験が大きいです。英語をきちんと学びたくても、教室がありませんでした。北國銀行さんでの出来事も大きくて、女性に「ぜひ、頑張ってほしい」と銀行内で拍手して喜んでいただいたことが後押しになりましたね。自分が欲しかったもので喜んでくれる人がいるならば、能登で開こうと思いました。
実はこの場所に決まる前に、七尾や金沢の物件も見たんですが、いろんな条件が揃い、最後はここに決めました。実家にも近いです。

テキスト選びのこだわり、年代に応じたバランスを重視

英語教室の対象は、子どもから大人まで。教室内は全て英語です。 テキスト選びにはこだわっていまして、選ぶのにかなり時間をかけました。リスニング、ライティング、スピーキング、リーディング。その年代に応じて、それぞれをどれだけの割合で学習していくと、効率よく身につけられるかというのが自分の中にありまして、バランスがいいものを選んでいます。現地の語学学校などでも使われているテキストを取り寄せました。オックスフォード大学、ケンブリッジ大学など、一流の所から出版されています。
大人向けのテキストはすごくおすすめなんですよ。自宅に帰ってからも、タブレットやパソコンで復習ができるんです。練習の記録はオンライン上で私もチェックできるので、何につまずいているのかが分かり、アドバイスができます。こういった新しい教材も普及し始めています。

興味深く学べる文法テキストで、楽しく英語力を高める

中・高校生向けのテキストもおすすめです。学生が興味を惹きそうな今どきの題材になっています。例えば、日本の高校で使われている文法のテキストは固いイメージですよね。全て英語で書かれているものを使いたいと思って選びました。イラスト付きで楽しげで、日本のテキストとは全然違いますよね。英語で英文法を説明するほうが描写がすごく細かくて、だから深く理解できるんです。
日本人の母国語で書かれた日本語のテキストは絶対に必要なのですが、それだけでは補えない情報が、このテキストにはちりばめられています。英語を読みながら能力を高めてほしいという期待があって、こういったテキストを採用しました。

子どもたちは親子レッスンから

最年少は小学1年生からです。今は1年生~4年生は親子レッスンの形態をとっています。親子レッスンにしたのは、小さい子は自分で学習する習慣が付いていないと思うので、自宅に帰ってから親御さんと一緒にテキストを開き、振り返りをしてほしいなという想いです。5年生からは個人で受けられます。
子ども向けレッスンも、自宅で復習ができるテキストを選んでいます。教室で学習の要点をつかんでいただき、自宅でも復習をやってほしいという気持ちですね。

経験に基づくアドバイスと目的に応じたサポートで

教えるのは大好きです。これまでも要望があれば教えていて、経験があります。オーストラリアの語学学校で働いたときも、「説明が分かりやすい」と喜んでいただき、よく生徒さんに「教えて」って掴まっていました。その流れで、教えることを職業にしたいなと思いました。
実際に自分が大人になり社会人を経て英語教育に携わると、「英語を何に活かしたいか」という目的に応じたサポートができると思うんです。人それぞれのキャリアパスは変わってきますので、私の経験からもアドバイスができるのではないかなと思っています。
例えば海外で働きたい方や、業種に応じたビジネス英語など。どうしたら実用的にうまくいくのか、相談にこたえて導いてあげられるような英語教室にしたいなと思っています。

高水準の英語教育環境、能登での実現を目指して

授業が始まるのが4月1日です。先日は北國新聞にも取り上げていただき、すぐに反響がありました。北國文化センターの英会話教室で働いてみませんかとか、羽咋市の企業さんからも英会話教育プログラムのお話をいただきました。
今後、もし需要があって喜んでいただけるのであれば、ゆくゆくはここを拠点に能登全体でも展開していきたいと思っています。英語教室の中にライブラリーコーナーを設け、生徒さんに貸出できるようにすることも考えていて、たとえば、年会費の一部は洋書や英語関連図書の購入に充てたいなとも思っています。
何よりも、能登に高いレベルの英語教育の先生を定着させたいという想いがあります。そのためには県内外から先生方を呼びたいんですが、今の状況ではなかなか来てもらえないだろうと思うんですね。まずは、英語環境のベースを自分がつくるところから始めていきます。