コラム

column

老舗の酒蔵で働きながら、日本酒を軸にした地域づくりに挑む。

 

又木実信さん

1991年生まれ。小学生の頃に滋賀県の大津市から父親の実家がある能登町に移住。石川県立飯田高校を卒業後、北陸大学に進学。北京への留学を経て金沢大学大学院に進学し、在学中に日本酒造りに挑戦する学生団体「N-project」を立ち上げる。卒業後は東京での社会人経験を経て、2017年に能登町宇出津の酒造メーカー「数馬酒造」に入社。酒造りや企画運営に携わっている。


能登の日本酒と農業を盛り上げる学生団体を設立。

元々、いつかは能登に戻りたいと思っていましたが、学生の頃は様々な価値観に触れるため海外で働くことも視野に入れていました。とくに日本の文化や言葉を伝える日本語教師の仕事に興味があり、大学在学中に北京の大学に留学して、現地の学生たちに日本語を教えていました。そのときに中国の急速な経済成長と大気汚染をはじめとした環境汚染を目の当たりにし、持続可能性に興味を持つようになりました。また、中国に行く前に能登が国際連合によって先進国初となる世界農業遺産に認定されたことで、世界的にも魅力的な地域が能登なのだと気づきました。

帰国後、まずは自分の地元から見直そうと過疎化が進む能登の地域づくりに奔走し、大学院に進学した後は、大学生が米づくりから日本酒の商品開発までを行う学生団体「N-project」を立ち上げました。現在勤務する「数馬酒造」の数馬社長と、その同級生で農業を営む「ゆめうらら」の裏社長と出会ったのがきっかけです。私自身、父が杜氏で祖父が蔵人という家庭に育ち、酒蔵の後継者問題や人手不足による耕作放棄地の増加など、能登の酒造りに関する課題が多いことを知り、日本酒を軸にした地域づくりに取り組んでみたいと考えていたときでした。

最終的に金沢在住の学生約10名を集めて、2014年に「N-project」はスタートしました。

「N-project」は、能登半島を舞台に大学生が主体となって、酒蔵と米農家と連携しながら酒造りをする活動です。耕作放棄地の開墾をはじめ、無農薬の米づくりから酒の仕込み、商品開発、ラベルのデザインや販路の確保などを行い、能登の魅力を発信します。それによって能登の農業や日本酒をブランド化し、同年代の若者世代のファンを開拓することが目的です。

プロジェクトの代表として活動していたときは、月に1〜2回ほど能登を訪れていました。メンバーは県外出身者がほとんどだったので、まずは能登にたくさん触れてもらうことを考えました。主となる農業や日本酒造りの活動だけでなく、地元の祭りに参加したり、美味しいものを食べたり、観光をしたり、地元の人とも交流を図りました。参加したメンバーから「知れば知るほど能登が好きになった。これをきっかけに自分の地元にも目を向けてみたい」という声をかけられたことがあり「地元に対して関心を持つ若者が増えれば、地域は元気になるのではないか?」と、この頃から思うようになりました。社会人となった現在も「N-project」とは、企業と学生をつなぐ窓口として携わっています。  

現在は5期目。これまでに多くの大学生が参加をしてくれました。海外からの留学生や県外の学生もいました。将来的には「N-project」の活動を通じて成長した学生が、それぞれの舞台で活躍してくれることを願っています。

 

東京での社会人生活を経て、地元の酒造メーカーにUターン就職。

大学院卒業後は、都内の酒販メーカーに就職しました。そこでは企画や営業をはじめ、社長のそばで様々な業務に携わらせてもらいました。店頭販売などにも立つことがあり、お客様との交流も楽しく、前述した「N-project」の日本酒も案内すると応援してくれる方もいました。能登や日本酒に興味を持ってもらったことが嬉しく、自分だからできることはなにかを考えるようになりました。「地元か地元の外か。どちらのフィールドでこそ自分は活躍できるのか」。そう自問自答をしたときに「父と祖父が生業としてきた酒造りを受け継いで、それを自分なりに発信しながら能登の地域貢献に繋げるのが自分らしい生き方だ」という結論に至りました。

その中で「N-project」で連携をしていた「数馬酒造」の数馬社長から、一緒にお酒を造ろうと声をかけてもらったこともあり、数馬酒造に入社するため能登にUターンしました。能登をテーマに酒造りをしていた学生時代の経験が、自分にとって欠かせないものになっていたのだと思います。

能登で暮らしながら、能登の魅力を発信。

都会には能登町にないものがたくさんあります。人の数はもちろん、交通や施設、娯楽などの数も比べ物になりません。でも、無い物を数えるのではなく、あるものを生かして何ができるのかを考えるのが自分には合っているなと思いました。能登町での暮らしは、お金より時間を大切にしたい自分にとってプラスになることの方が大きかったんです。周りからは「大学院まで行ったのになんで能登に帰ってくるんだ」「帰ってきてどうするんだ」とネガティブに捉えられたり心配されることもありましたが、自分自身は能登町に戻ることへの不安はありませんでした。

同級生に話を聞いても「戻りたい気持ちはある。でも仕事がないし生活も不便やろ?」と言われます。だったら自分が能登で楽しく働き、豊かに暮らしている姿を発信してみたらどうかと思い、日常的な能登の風景などをSNSに投稿するようになりました。写真をSNSなどにあげると「能登が魅力的な場所だ」とコメントしてくれたり、懐かしんだり、写真を楽しみにしてくれたり、なかには能登まで来てくれた人もいました。

実家の畑で育てた野菜や、海で釣った魚を調理して食べる。自然が綺麗だから夜空を見上げれば無数の星が広がるという、ここでは当たり前の生活がフューチャーされることに楽しさを感じています。

今後は「N-project」を通じて学生たちの支援をしながら、能登らしい酒とは何かを自分なりの視点で突き詰めていくのが目標です。2018年には先輩と一緒に監修した日本酒も仕込みました。米の旨みがしっかり表れた酒。能登らしい濃醇な味わいを表現できるよう試行錯誤しています。これからもお酒を通して、自分なりに能登町の魅力を発信していきたいです。

 

 

とある1日のスケジュール

6:00 起床
朝食は家族と一緒に。ごはん派。家の前から朝日が綺麗に見えるので、撮影をする日もあるそう。通勤中は音楽を聴きながらテンションを上げる。夏場は5:00に起床して、畑の様子をチェック。出荷の手伝いもする。
8:00 出社
夏場は蔵の中の整理整頓や衛生管理、瓶詰めの手伝いや梅酒の仕込みなどをする。仕込みが始まる秋以降は、おもに精米や洗米を担当しながら、さまざまな業務に携わる。
18:00 夕食
就業時間が終わると、従業員がテーブルを囲んで食事をするのが数馬流。職場環境の整備にも取り組み、社員への負担も少なく働きやすいと評判の会社だ。
20:00 自由時間
フリータイムは趣味のカメラを持って星を撮影したり、お酒を飲みながらのんびり。基本は居間で祖父母や家族と過ごすことが多い。たまに友人たちと飲んだりする。近所のレストラン「日本海倶楽部」がお気に入り。