コラム

column

自然農とパーマカルチャーを実践する農家民宿を開きたい。

山城誠次さん

1973年生まれ。東京都出身。生まれ育った東京の街で長らく飲食店を経営。その後、パーマカルチャーへ関心を抱くようになり、農家民宿を営む目的で2016年2月に能登町に移住する。現在は山間部にある大きな平屋で田舎暮らし。朝は漁師、昼は農家として働きながら、農家民宿の開業に向けて着々と準備を進めている。


農家民宿を開くために移住。

 東京で飲食店を経営していた頃から、いつかは農家になって田舎暮らしがしたいと考えていました。埼玉の奥秩父に物件を見つけて暮らす準備もしていたとき、たまたま能登を訪れる機会があったのですが、そのときに見た海の景色があまりに印象深く「この場所で仕事がしたい」と考え直しました。移住に関してはとくに不安はありませんでした。農業遺産にもなった町なので、農家をやるには申し分ない。物件探しも能登町役場の力を借りることでスムーズに見つけることができ、一次産業に関わる人への家賃補助や改修費など手厚い助成金にも助けられました。今、私が暮らしている民家はこの村の初代村長が住んでいた家らしく、都会とは比べものにならないサイズ感や昔懐かしい板張りの土間など、これぞ古民家といった雰囲気が気に入ってます。いずれはこの場所で、田舎暮らしをしながら農業体験ができる農家民宿を開きたいと考えています。

移住者同士が繋がるコミュニティの存在。

 朝は漁師として働いています。農山漁村のこの町には、若い力を必要とする仕事がいくつもあります。また、農家民宿の開業に向けて準備を進める中で始めた野菜作りですが、実際に足を踏み入れてみると改めて奥の深さを感じさせられます。畑が三反。すべて自分の手で開墾しました。完全無農薬、無肥料の自然農。瑞穂出身のおばあちゃんが畑の師匠です。私が暮らす地区は耕作放棄地がとても多い土地ですが、いずれは畑を広げて農業が盛んな町として盛り上がらないかと密かに思っています。この町に暮らして良かったと思うことの一つに、農業従事者や移住者同士のコミュニティがしっかりしているため、孤立感を抱かずに済んだというのがあります。この町に恩返ししたいと思えるのも、そうした信頼できる仲間がいるからかもしれません。

パーマカルチャー的暮らしを発信。

 私がこの町で目指しているのはパーマカルチャーの発信です。苦労しながら暮らすことで、都会の生活では気づかなかった様々なことが見えてくる。実際に私自身がそうでした。田畑を耕して、食物を収穫して、薪で火を焚いて、かまどで米を炊く。簡単なように見えてこれが難しい。能登町に暮らし始めて、より自然や食に感謝する気持ちが強くなりました。食への感謝といえば能登の伝統文化「アエノコト」にも驚かされました。一年の収穫を感謝して、田の神様を自宅に招き入れるこの行事。田の神のために風呂を沸かし、ご馳走を用意し、紋付袴姿で田まで出迎えに行く。そんな光景を見たときに、より能登の暮らしに興味を抱きました。そうした文化や伝統、食、自然などを通じて自分自身を見つめ直すのが農家民宿。本当の能登の暮らしを世の中に伝えるためにも成功させたいです。

1日の流れ

3:00 出港
漁の時期(11〜7月)は3時に港に集合。沖に出て定置網漁の作業をする。港に戻ったら市場で魚の選別。7時頃には仕事が終わる。
8:00 畑作業
軽トラを走らせ所有する畑へ移動。昼過ぎまで作業する。たまの休みには、大好きな温泉に行くことも。おすすめは柳田温泉だそう。
14:00 開業準備
ちょっと仮眠をしたら、今度は17:00頃まで農家民宿の開業準備をする。大きい民家なので片付けが大変。タフな一日だ。
18:00 夕食
食事は野菜が中心。自身が育てた野菜や、定置網で穫った魚などが食卓に並ぶ。