能登町定住促進協議会

コラム

column

能登町に戻ってから、自分らしく生きている気がします。

大森悠生さん

1991年生まれ。宇出津出身。石川県立飯田高校を卒業後、金沢市にある石川県理容美容専門学校に進学。在学中から市内の美容室で働き始め、5年間の下積みを経てUターン。現在は宇出津商店街にある「たんぼ美容室」の後を継ぎ、老若男女が訪れるアットホームなお店を経営している


下積み時代の思い出はありますか?

アシスタント時代は朝5時に出勤。掃除や開店の準備をしながら、空いた時間に練習をしていました。夜8時にお店が閉まると急いでごはんを食べて、そこからまた深夜まで練習。休みの日も講習と練習で、365日ほとんど休みなしで働いていました。なので、遊んだ記憶がほとんどないんですよ。

 

地元のあばれ祭りにも参加できなかったそうですね。

そうなんです。一度だけ参加できたんですが、仕事が終わってからの移動だったので、宇出津に着いたのが夜10時。次の日も朝から出勤で、家族や友達と顔を合わせる程度しか滞在できませんでした。子どものときから祭りには欠かさず参加するタイプだったので、あばれ祭りの時期は祭りのことが頭から離れず、仕事がまったく手につきませんでした。

なぜ、Uターンすることになったんですか?

専門学校に進学したときから、30歳までに宇出津に戻って美容室を開くのが夢でした。30歳という目標を設定したのは、しっかりと手に職をつけるためにはそれくらいの下積みが必要だと思ったからです。カットを任されるなど、ある程度の技術が身についた23歳のときに「近所の〈たんぼ美容室〉のお婆ちゃんが店を畳むらしいんやけど、そこで店をやってみんか?」と、父から電話がありました。たんぼ美容室は小さいときに髪を切ってもらった思い入れのある美容室。当時交際していた今の妻にも相談しながら、1ヶ月迷いに迷ってUターンすることを決めました。両親もすごく喜んでくれて、親孝行ができて良かったと思います。

 

その間、どんなことを考えましたか?

本当に色々なことを考えた時期でした。東京のトップサロンに就職して技術を磨いて、有名なスタイリストになりたいと気持ちが揺らいだこともありました。でも、最終的にはそれをするのは自分じゃなくても良いのかなと。それと同レベルのことを宇出津の町でやるのが、自分自身のやりがいや価値になるという結論に至りました。

 

独立を後押ししてくれたものとは?

当時はまだ23歳。若さゆえに勢いで決断できた部分もあります。ただ、地元の同級生の中には金沢の美容室に通っている人も何人かいて、心の中では「自分も同じくらいのことができるのに」と思っていました。宇出津の町をカッコよくしたい。自分のスタイリングによって町のイメージを変えてみたい。そんな気持ちが独立の後押しになった気がしています。

 

オープン初日のお店はどんな感じでしたか?

カットがおろそかにならないように、とくに大きな告知はしませんでした。でも当日の朝にお店に行くと、僕が美容室を開くことを心待ちにしてくれた人たちがたくさん並んでいて。うれしかったのと同時に、がんばらないといけないという緊張感もみなぎりました。最初のお客さんは近所のお姉さん。小さい頃からの顔なじみで「やっと悠生くんに切ってもらえるわ」という言葉に感激したのを覚えています。この感覚は金沢や東京では味わえなかったと思います。前店主のたんぼさんが来店したときに「また、店がにぎやかしくなったなぁ」と笑いながらつぶやいていた姿も印象的でした。

たんぼ美容室はどんなお店ですか?

小中高生からご老人まで幅広い年代のお客さんが来てくれるアットホームなお店です。幅広い年代層のヘアカットや接客は技術者としても貴重な経験になっています。結婚して子どもが生まれたのをきっかけに、出張カットにも取り組み始めました。

 

どうやって技術を磨き、知識を身につけていますか?

全国のコンテストに参加したり、東京のトップスタイリストが金沢で講習を開いたときも積極的に足を運ぶようにしています。新しい商品に関しても、信頼しているディーラーさんの情報をもとにできるだけ多くの商品を試すようにしています。じつは能登でも金沢でも新しい商材の種類や入ってくる時期に変わりはなくて。しっかりとアンテナさえ張っていれば、トレンドに乗り遅れることも少ないんです。

 

Uターンをして良かったことは?

現在、1歳5ヶ月になる娘がいますが、お店が忙しい土日も両親が子育てのサポートをしてくれるのでとても助かっています。とくに制度などを利用せず、身内のサポートだけで子育てができるのもUターンして良かったところ。妻が同じ能登(輪島)出身だったのも「慣れ」という点では大きかったかもしれません。

祭りにも毎年参加できるようになりました。

それもうれしいですね(笑)。じつは祭り当日はキリコが動くまでの間、中高生の男子の髪を無料でセットしていて。ワックスもつけたことがないような子が、おしゃれに目覚めるきっかけになって欲しい。そんな気持ちで始めたんですが、鏡を見たときの子どもたちのキラキラした目が本当に可愛いんです。宇出津の町でおしゃれを教えてくれる兄貴的な存在になれたら、なんて思っています。

 

能登町へのUターンを振り返って感じることは?

僕自身、地元に戻って「自分らしく生きている」という実感があります。金沢で働いていたときは、いつも受け身で仕事も「やらされている」意識がありました。でも、能登町に戻って独立してからは「自分から行動しなければいけない」という意識に変わりました。Uターンするまでは漠然とした不安を抱えていましたが、実際に住んでみるとその不安がどこかに消えてしまうくらい充実した毎日を送っています。

 

これからの目標を教えてください。

まずは、子育てと仕事を両立しながら今の生活を継続していくこと。ほかには出張カットなど、店外での活動も増やしていけたらと考えています。学生たちに向けた美容室も開催してみたいですね。

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