能登町定住促進協議会

コラム

column

伝統の大敷網漁を世に広め、能登の漁業を担う漁師を育てる。

中田洋助さん

1986年生まれ。能登町出身。海と魚を学び続ける能登町鵜川の漁師集団「日の出大敷」の五代目網元。北里大学水産学部を卒業後、金沢の製網会社「ホクモウ」に就職。4年間勤務する。現在は若きリーダーとして網漁を指揮をするほか、未来の船頭を育てるため能登町の子供に向けた取り組みも行なっている。


一流の漁師になるために選択した進学と就職。

幼い頃から漁師である父と祖父の背中を見て育ち、物心がついた頃にはもう自分の中で漁師になること以外の選択肢はありませんでした。地元の飯田高校を卒業してから都内の大学に進学したのも、海の生物についての知識と視野を広げたかったからです。若いうちに一度は外に出てみるのも良い経験。地元の若い子にはそう教えています。大学を卒業してから定置網漁のことを知るために金沢の製網会社「ホクモウ」に就職しました。定置網製造の分野で全国一のシェアを誇る会社。このときに学んだ漁網に関するノウハウは、現在の漁にも活かされています。

子供の頃から漁師になるのが夢で、地元愛もそれなりに強い方でした。その反面、田舎育ちであることにコンプレックスもあり、大学時代は積極的に能登出身であることは明かしませんでした。なにもない町という劣等感。そんなときに大学の同級生の「海や自然の近くで暮らせるのは贅沢」「地元特有のネイティブな言語(方言)に憧れる」といった意見を多く聞き、それからは能登出身であることに誇りを持ってアピールするようになりました。漁師になったのは26歳。若さゆえに本当に漁師になるか揺らいだ時期もありました。気持ちの整理がついたのは能登に戻ってから。「里山資本主義」という一冊の本を読んで、本来あるべき姿の生活は田舎にあるのではないかと思うようになったからです。


定置網漁は時間の余裕と安定した収入が魅力。

僕が在籍するのは能登町鵜川にある「日の出大敷」。数十年前、日の出大敷が経営難にあえいでいたときに、現在の社長と船頭の父が二人で立ち直したそうです。専門とするのは、陸から数キロ離れた場所に漁網を張って、袋網に誘導した魚を捕獲する伝統的な大敷網漁。大型の漁船で魚を追って大量に獲るのではなく、魚の動きそのものを読んで「待つ」漁のため、最近では自然への回帰や資源保護に繋がる省エネ漁として世界中の漁場で見直されています。ブリやアジなど季節によってさまざまな魚が獲れますが、どの魚も新鮮なまま食卓に届けられるよう、船上での処理や輸送などの技術向上は欠かしません。年間2,000トン以上。獲れた魚は地元の宇出津港をはじめ、氷見や金沢などの市場に卸しています。

職業としての定置網漁の特徴は、仕事が昼前から昼過ぎに終わること。早いときは朝の6時頃に終わることもあります。漁師というと一度船に乗るとしばらく家に帰れないというイメージがありますが、それは遠洋に出て漁をする漁師さんの話。僕たちのように定置網漁を専門とする漁師は、毎日家に帰ることができます。家を出るのは夜中の1時半頃。普通の仕事と比べると早いですが、仕掛けた網を2〜3時間かけて船内に取り込んだら、あとは陸で魚の選別や船の掃除、網の修理などをしてお昼には仕事は終わり。僕にとっては息子と一緒に過ごす時間がたくさん取れるので、本当に助かっています。ちなみに一日の漁獲量が大体決まっているため収入が安定しているのも定置網漁の特徴。基本的には会社員と同じですが、漁獲高によって手当がつきます。身体への負担が少なく60歳を超えても仕事ができるので、農業をやりながら勤めているベテランの漁師さんもたくさんいます。

小学校で漁業の大切さや漁師の仕事を教える。

能登町を離れて生活していると「自分は今までどれだけ恵まれた場所で暮らしていたんだ」と思うことがよくあり、Uターンして30代になってその思いはますます強くなりました。実家で暮らしているので経済的にも子育てにも余裕があり、時間に追われることなくのびのびと暮らしています。食に関しても安心して子供たちに食べさせることができるし、遊ぶ場所もたくさんあります。ただ、過疎化とともに子供の数が年々減っていることから、学校がいつ無くなるかの不安はあります。僕たちのような親世代にとって、子供の教育環境はUターンをする上での大きな判断材料。なので、これからは子供たちが能登に誇りを持ち、地元を第一に考えられるような取り組みもしたいと考えています。最近は小学校で子供たちに漁業の大切さや漁師の一日を教える講演をすることが増えました。定置網漁の仕組みをアニメーションで見せたり、網にかかった魚の画像を見せるだけで、子供たちは喜んでくれるんです。

これからは「日の出大敷」の網元としてより新鮮な魚を提供するだけではなく、漁業の担い手として能登全体の漁業の活性化に力を注ぎたいと思っています。そのためにまず解決しないといけないのは漁師の高齢化問題。定置網漁は網元の勘や経験がものをいう仕事なので、それを受け継ぐ若い漁師がいないと船を出すことができなくなってしまいます。そうした担い手を育てることで能登町全体の漁船を守りたい。それによって能登の伝統的な大敷網漁という文化を後世に残していけたらと思っています。

 

 

とある1日のスケジュール

2:00 起床
周囲がまだ暗い中、鵜川港から船で漁場へ向かう。網おこしと呼ばれる水揚げ作業をした後、56時に港に戻って魚の選別作業をする。
7:30 朝食
漁師仲間とみんなで朝ごはん。おかずはその日に獲れた魚とパートのお母さんが作る温かい味噌汁。漁師間のコミュニケーションを生む大切な時間。
12:00 自由時間
漁師としての業務は昼過ぎに終了。網元として現場を指揮する中田さんは、このあとも取引先との打ち合わせや小学校での講演など、なにかと忙しい。
18:30 夕食
家族団欒の時間。子供と一緒にお風呂に入って21時すぎには眠りにつく。日曜日は休業と決められているので土曜の夜はゆったり過ごすこともあるそう。
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