能登町定住促進協議会

コラム

column

シチリアから奥能登へ。最高の食材を追い求める、さすらいの料理人。

大竹清登さん

料理人

神奈川県出身。1978年生まれ。料理専門学校を卒業後、東京のレストランに就職。2005年に渡伊し、シチリアのタオルミーナで過ごす。2016年に能登町小木に移住し、イタリア料理店「能登 × シチリア」を開業。能登の食材にこだわり、その日に出会った最高の食材を生かしたコースでゲストをもてなしている。能登の自然栽培野菜を使ったドレッシングが評判。


開業のきっかけは?

僕が修行をしていたイタリア・シチリア島の人たちは、素材の持ち味を引き出したシンプルな料理を好んで食べます。料理人と市場や畑との関わりも深く、新鮮な食材がいつも身近にありました。「これからはもっと食材に目を向けて料理をしよう」。そんなことを考えながら、帰国後に働き始めたレストランの常連客にその話をすると「能登には畑がたくさんあるし、新鮮な魚もすぐ手に入るよ」と教えてくれました。そのお客様の出身は能登半島の志賀町。すぐに能登まで遊びに行きました。

能登町に移住したのは3ヶ月後。「海あり山あり畑あり。新鮮な食材が身近にある」というのが決断の理由です。都内の移住センターで能登の情報を仕入れたりもしたんですが、正直見ても聞いても実感が湧かなくて…。地元の人たちとの関わりの深さが「旅行」と「移住」の違い。人からは「スピード移住だね」なんて言われることもありますが、地元の人たちとどう関係を築けば良いかは住んでみないと分かりません。旅行や遊びに来たときの良い印象だけで移住を決めるのは危険だと思います。そういった意味では、まったくしがらみのない土地だったのも、すぐに移住に踏み切れた理由のひとつかもしれません。

 

移住してからまず何を始めましたか?

移住してすぐに始めたのは畑です。とりあえず一畝だけ借りて、ナスやトマトなどの作物を育てました。たまに知り合いの農家さんの畑仕事を手伝って、自分の育て方との違いやまだ植えたことのない作物の育て方を勉強をしています。自分が作る野菜の量には限りがあるので、それだけではコースを作ることはできません。でも、あらかじめメニューを決めてから食材を仕入れるのではなく、その日に手に入るベストの食材でコースを組み立てるので、あまり不便に感じることはありません。自然栽培の農家さんから野菜を購入することもあります。

 

なぜ、この場所にお店を開いたのですか?

小木で店を開いたのは良い物件と巡り会えたからです。元々は「おゝぎの番や」という移住者のための体験交流施設だったのですが、古民家をリノベーションした木材と漆喰の空間が気に入りました。小木と宇出津、ふたつの漁港近くというのもポイントでした。

 

魚はどうやって仕入れるんですか?

予約が入った日は、朝6時前に起きて宇出津港に向かいます。セリが始まるのが7時15分。それまでの間に、河岸に並べられた魚を見ながら料理の完成形をイメージします。欲しい魚があるときは、懇意にさせてもらっている仲買人にその魚をいくらで落として欲しいかの相談をします。魚のプロなので話を聞いているだけで勉強の毎日。能登に移り住んでから魚の知識はかなり増えたと思います。

魚の仕入れが終わったら、店に戻って夜の仕込みをします。夏場は合間を見て作物の様子を見に畑にも出かけます。時間の流れは緩やかでもやることは意外と多い。遠方のお客さんからはランチタイムも営業をして欲しいと頼まれますが、今は素材と向き合う時間を大切にしたいので夜限定にさせてもらっています。

 

能登の食材の魅力とは?

魚介類は新鮮なほど食感が良く、日にちを置いて熟成させると食感が弱まる分、旨味が増します。都会では食感の良い新鮮な食材とはなかなか巡り会えませんが、ここではそれが簡単にできます。素材によって食感と旨味のどちらを前面に押し出すか。使い分けることができるのも魅力のひとつです。野菜に関しても東京だと収穫から半日〜一日経ったものが店に届けられますが、ここでは数時間単位で手に入ります。さっきまで土の中にいたものが鍋の中で煮込まれている。これが僕がシチリアで思い描いていた世界です。食感といえば小木のイカの食感は衝撃的でしたね。

 

能登に来てから変わったことは?

食材の変化によって料理の仕方が変わりました。素材の持ち味を生かす意識は以前からありましたが、さらに余計なものを使わないようになりました。たとえばイタリアンで良く使われるハーブなども最近ではほとんど使ってません。ハーブは種類によってさまざまな食材のクセや雑味を消してくれますが、そもそもクセや雑味は食材が古くなることで生まれることがほとんどなので、新鮮な能登の食材を前にしてはあまり出番がありません。完全予約制にしているのも、必要な食材を必要な分だけ仕入れたいから。そうすることで食材を使い回さずに、旬のものを一番良い状態で振る舞うことができます。

能登の食文化の印象も変わりました。祭りや神事が多く、伝統料理の豊富さは想像できましたが、ここまで地域色が強いとは思いませんでした。たとえば宇出津ではクジラを食べますが小木ではあまり食べません。食材、味付け、呼び方など、同じ料理でも隣町でガラリと変わったりします。小さなコミュニティの中でこれほどまでに食の多様性があるというのは、料理人として興味深いものがあります。

もちろんですが、能登の調味料もよく使うようになりました。そのなかでも塩漬けにした魚から出る水分をじっくり寝かせた、能登の代表的な調味料「いしる」は自分で作ったりもします。基本的にいしるはイワシで作られるものですが、今年は試しにアジとハタハタとトビウオでも作ってみました。個人的にはトビウオが会心の出来。魚によって風味が全く違うので、料理のしがいがあります。

 

これからの目標は?

これまで何人かの東京時代の常連さんが、僕の料理を食べに能登まで足を運んでくれました。自分がこの町に来たことで、能登を知る人が増えたのはうれしいこと。食材と向き合う時間が増えたことで、自分自身の料理の幅を広げるだけでなく、お客さん自身の料理や食材への見識を深めるお手伝いができたのかなと感じています。これからも地域性を意識しながら、最高の食材でのおもてなしを心がけていきたいです。

 

 

能登 × シチリア
石川県鳳珠郡能登町小木13-17-1
090-9448-1704
完全予約制(ディナーのみ